今までのメッセージを掲載しています。

 

 

主日礼拝メッセージ 金子辰己雄師

【タイトル】 「神の見えない救いの御手」 ​ 【聖書個所】 ルツ4:13~17 ​ 【序論】 「人生は出会いで決まる。」と言う言葉がある。文字通り、人との出会い が、その出会った人のその人生に大きな影響をもたらすという意味の言葉。 そしてそれを言ったのは、オーストリア出身のユダヤ人で、マーティン・ ブーバー(Martin Buber)という宗教学者、社会学者です。 ​ 私たちはこれまでの人生で、何度かその言葉を体験されて来たのではない かと思う。先ず何と言っても一番の出会いはイエス様との出会い、そして、 次に今結婚されている人は、今の伴侶となっている人との出会いでしょう。 またそれ以外に、学校や職場の中で出会った人、或いは書物や映画を通して、 また伝記の中で歴史上の人物の中にそういう人を見出した人がいるかもしれ ない。どうだろうか。私にもそのような人物が何人かいる。 ​ 今日は聖書の中から、そのように人との出会いによって大きく人生が変えられた人を取り上げ、そこにある神様の目には見えない救いの御手のわざを見て、主を礼拝して行きたいと思う。その人物とは、ルツ記に登場するナオミです。 ​ 【本論】 今読んだように、このⅤ14~Ⅴ15で、ナオミは仲間の女性たちから祝福の言葉を受けているが、その理由がⅤ13にあり、そこにはボアズとルツの結婚、その結婚の結果、ナオミに一人の男の子が生まれたことが記されている。そして、そこに至るまでの経緯が、Ⅴ1:「こうして」と言う言葉の中にある。その経緯(1章~4:12)を簡単にまとめると、―「ユダヤの地が飢饉に瀕していた時、ナオミの家族はヨルダン川を越え

主日礼拝メッセージ 金子辰己雄師

【タイトル】 「神の国は子どものように...」 ​ 【聖書個所】 マルコ10:13~16 ​ 【本論】 ある時、イエス様にさわっていただこうとして人々が子供たちをイエス 様のみもとに連れて来た。するとイエス様の弟子たちがそのようなことを した人々を叱ったという。どうしてそのようなことをしたのだろう?ー当 時、ユダヤの国では13歳で成人を迎えるまでは、子供は「一人前の人間」 として扱ってもらえず、「価値がない、役に立たない存在」ということで、 取税人や罪人と同じように見られていた。 ​ では何をもって一人前とされたのかというと、「律法を守ることが出来 るかどうか」が基準だった。それで、ユダヤでは男子の場合「バル・ミツ バ」と呼ばれる、礼拝で律法を読むことが出来る13歳の成人となるため の儀式、女子の場合、「バト・ミツバ」と呼ばれる12歳で成人となるた めの儀式が行われている。ちょうど、日本の七五三と成人式が合わさったようなもの。つまり、当時も、また今も律法に厳格な人たちの間では律法が基準になっていて、それを守れる人が義人=正しい人、良い人、守れない人々は罪人=悪い人という構図になっていた。この時、弟子たちはイエス様の弟子とはいってもまだユダヤ人としての思考を持っていたので、当然の如く、子供たちがイエス様の所に連れて来られたので、「そんな子供たちをイエス様の所に連れて来ては駄目だ。」という意識をもって、連れて来た人たちを叱ったのである。 ​ イエス様はそんな弟子に対し、 ​ Ⅴ14:「イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。『子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止

主日礼拝メッセージ 金子辰己雄師

【タイトル】 「家族の救いと信仰の継承」(11)―イエス様を家に迎えよう!―」 【聖書個所】 ルカ8:40~42、49~55 【本論】 V1:「さて、イエスが帰られると、群衆は喜んで迎えた。みなイエスを待ちわびていたからである。」 私たちの人生にはいろいろなことが起きる。先週一週間もそのようなことがあったのではないだろうか?―この時、カペナウムの町の人たちもそうだった。ある人は家庭問題、ある人は職場での問題、子供たちは友達や学校での問題、さまざまな問題が起こり、イエス様に何とかして欲しいと思って待ちわびていた。イエス様はカペナウムをホームにして、伝道の働きをしては「自分の町」(マタイ9:1)に帰られた。人々はイエス様が帰って来るのを待ちわびていたのである。 私たちはどうだろうか。教会はイエス様のホームです。ここに今イエス様はおられる。或いは、「Welcome Home!おかえりなさい。」と書いてあるドアを開け、「ただ今!」と今入って来られるかもしれない。皆さんはイエス様に会うために、待ちわびてここに来られただろうか?礼拝はそんな期待があるところです。そして期待のあるところにみわざが起こる。―今朝もイエス様に期待しよう。 聖書に戻ると、ここに、そのようにイエス様を待ちわびる一人の人がいた。会堂管理者のヤイロという人である。彼には12歳のひとり娘がいたが、その娘が死にかけていたので、何とか助けて欲しいと願ってイエス様のところにやって来た。そして足元にひれ伏して「自分の家に来て下さい。」と願った。ここに、先ず一つ目の「家族の救い」の実現にとって重要なことがある。 (1)イエス様を家に

これまでのメッセージ

下よりお選びください

 

2017.4.9以前のメッセージ

ここをクリックして、ご覧ください。

© 2015-2020 by Sunrise Christian Center Misato Yoshikawa Church

大きな幻を持ち、小さいことにも忠実に、・・・主の愛に生きる教会

 Big enough to vision and small enough to care, ...living in the love of our Lord.

  • Twitter Social Icon
  • c-facebook
This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now