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主日礼拝メッセージ:ウィリアム・ウッド師

【タイトル】 「幸いな日々を過ごす人々」 【聖書個所】 Ⅰペテロ3:8~12 youtubeにアップされ次第、ビデオメッセージとして見ることができます。 しばらくお待ちください。

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【タイトル】 「十字架の福音の恵み」 ​ 【聖書個所】 ガラテヤ2:20 ​ 【導入】 ​ 質問:「『イエス様の十字架』はあなたにとって何ですか?」と質問さ れたり、「教会にある十字架の意味は何ですか?」という質問がされた としたら、それにどう答えるだろうか?―これらの質問にどう答えるか は、私たちクリスチャンにとって非常に重要である。それは、私たちが 十字架をどのように理解し、どう信じているかということだからである。 今日は、来週受難週を迎えるに当たり、このクリスチャンにとって重 要な十字架の福音についてみことばを分かち合う。 ​ 【本論】 (1)十字架は私たちの罪の完全な赦しのため ​ ヘブル10:1~10:「律法には、後に来るすばらしいものの影はあっても、その実物はないのですから、律法は、年ごとに絶えずささげられる同じいけにえによって神に近づいて来る人々を、完全にすることができないのです。…。雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません。ですから、キリストは、この世界に来て、こう言われるのです。「あなたは、いけにえやささげ物を望まないで、わたしのために、からだを造ってくださいました。あなたは全焼のいけにえと罪のためのいけにえとで満足されませんでした。そこでわたしは言いました。『さあ、わたしは来ました。聖書のある巻に、わたしについてしるされているとおり、神よ、あなたのみこころを行うために。』」…。このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。」 ​ ここで言われていることは、人は律法を行うことによっ

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【タイトル】 「御霊の実(3)―隣人への寛容、親切、善意の実ー」 ​ 【聖書個所】 ガラテヤ5:22~23 ​ 【前置】 今日は、人間関係の中で生まれる実、「寛容、親切、善意」という実 について学んで行くが、それを見るにあたり、前回はベタニヤのマリヤ に神様への3つの愛が結ばれていたのを見たように、具体的にそれらの 実が結ばれている人物に焦点を当てながら見て行きたいと思う。 ​ 【本論】 (1)「親切、善意」の実 イエス様は、「何をしたら永遠のいのちを自分のものとして受けるこ とができるでしょうか?」(ルカ10:25)とイエス様に尋ねた一人 の律法学者に答えるため、私たちには馴染みのある「良きサマリヤ人」の譬えを話された。その結論は、 ​ Ⅴ37:「あなたも行って同じようにしなさい。」というものだった。 先ずここに、私たちが「親切、善意の実」を結ぶための鍵がある。それは、隣人に対して憐み深くあることである。この実については比較的実を結びやすいのではないだろうか。むしろ難しいのは、「寛容」の実ではないかと思う。 ​ (2)「寛容」の実 ステパノという人物に目を留めてみよう。(使徒6:8~7:60)ステパノは初代のエルサレム教会の最初の7人の執事の内の一人だった。彼は、教会に反対する偏狭なユダヤ人たちから妬まれ、事実に反し、律法やユダヤ人の慣習をおろそかにするものだと議会に訴えられた。そして最終的には、石打ちの刑に遭い、命を落としてしまう。しかしその時、ステパノは彼らを訴えたり、恨むどころか、彼らのために父なる神に彼らの罪を赦して祈り求めた。 ​ 使徒7:59~60:「こうして彼ら

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【タイトル】 神のかたち(4)「愛の喪失と回復」 【聖書個所】 創世記2:22~3:7 ​ 【前置】 創世記1:27によると、「神は人をご自身のかたちとして創造され た。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。」と ある。その「神のかたちとして創造された男と女」とは一体どういうも のなのか、今日の聖書個所、創世記2:22~3:7から考えてみよう。 ​ 【本論】 (1)先ずそれは、「神のかたち」として愛し合う「人と人」との関係 を表わしている。 ​ 神は私たちを、「神は仰せられた。『さあ人を造ろう。われわれのか たちとして、われわれに似せて。…。』」(創世記1:26)と言われ ているように、「われわれのかたち」=「三位一体なる神様のかたち」として、父、子、聖霊なる神様が互いに愛し合い、助け合い、充足し合う存在と して在るように、私たちをそのような存在として造られたのです。そして次に、 ​ (2)「キリストとキリストの花嫁である教会=私たち」との関係として表している。 「人は言った。『これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。』」(Ⅴ23)とあ るが、これは男が女に対して語ることが出来る最高の愛を表現する言葉である。この言葉をパウロは引用して、キリストとキリストの花嫁である教会と を表している言葉であると言った。 ​ エペソ5:31~32:「『それゆえ、人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となる。』この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とを さして言っているのです。」 パウロがここで言う「この奥義

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