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主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】 ネヘミヤ2:17~20 【タイトル】 ネヘミヤ記(5)「城壁再建工事の始め(2)」 【序論】 ネヘミヤはエルサレムに着き、ある夜、誰にも知らせずに一人で城壁破壊状況の調査に出た。彼はどうして誰にも知らせずに、一人でそれを行なったのか?今日はそのことを中心に、ネヘミヤによる「城壁再建工事の始め(2)」と題して、メッセージを取り次ぐ。 ​ 【本論】 先ず、何故彼は一人で城壁再建工事のための調査を行ったのだろうか?―その理由は、神と自分との関係の中で、神から与えられた使命だと受け取ったからである。それは神の召命だった。 ​ V12:「あるとき、私は夜中に起きた。ほかに数人の者もいっしょにいた。しかし、私の神が、私の心を動かしてエルサレムのためにさせようとされることを、私はだれにも告げなかった。」 ​ ※人は神の召命を受け取ったら、たとえ一人であろうとそれを行わなければならないのである。 ​ ペテロもイエス様から羊を牧するように言われた時、彼はイエス様から召命を受けた。 ​ ヨハネ21:20~22:「ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子があとについて来るのを見た。…。ペテロは彼を見て、イエスに言った。『主よ。この人はどうですか。』イエスはペテロに言われた。…。あなたは、わたしに従いなさい。』」 ​ これがペテロに対する召命です。皆さんには今年あるビジョンや思い、使命が与えられていて、それを行なうのにいろいろな反対があるかもしれない。しかし、ネヘミヤのように「私の神が、私の心を動かして…」なら、たとえ一人でも、それをやり遂げなければならないのです。 ​ 二つめに、何故エ

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】 マタイ27:45~54 【タイトル】 十字架上の7つの言葉(4)「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」 【序論】 主の十字架上の7つの言葉の4回目。今日は、「わが神、わが神。ど うしてわたしをお見捨てになったのですか。」という言葉をもって、神 は私たちに何を語ろうとしているのかを見たいと思う。結論を言う。それは、この言葉は、神の知恵と力と愛の表われであるということです。 【本論】 ​V45:「さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。」 ​ イエス様が十字架に付けられたのは、マルコ15:25に依れば午前9時とある。そして12時になると全地が暗くなった。いよいよここからクライマックスに入るが、その暗さの中に神の知恵と力と愛が満ち、その暗さの中で叫ばれた「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という言葉にも、神の知恵と力と愛が表されている。先ず、神の知恵について。 ​ ​(1)神の知恵 ​ イエス様がこの言葉を暗闇の中で叫ばれた時、人々の反応はどうだっただろうか? ​V47~Ⅴ49:「すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、『この人はエリヤを呼んでいる。』と言った。また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。ほかの者たちは、『私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることとしよう。』と言った。」 ​ 彼らは、イエス様が「エリ、エリ。」と叫ばれたため、イエス様は預言者エリヤに助けを求めて叫んでいたように理解した。彼らはこ

主日新年礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】 Ⅱペテロ3:11 :「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でな ければならないことでしょう。」 【タイトル】 ​聖い生き方をする敬虔な人(2) ​【本論】 ​ このみことばは、「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば」を前提に、「あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」と言っている。つまり、前半に基づいて、「どれほど」という強調する言葉を伴い、元旦のメッセージによる言い方によれば、「聖い生き方をする敬虔な人としての衣を決して脱いではいけない」ということが言われている。では、その「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば」ということはどういうことなのか。それは、V10に書かれていることである。 ​ Ⅱペテロ3:10:「しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。」 ​ 前回のメッセージで触れたが、不敬虔な者たちは「イエス様の再臨などあるわけがない。主の日も来るはずがない。この世界は造られた時からずっと変わることなく同じだ。」と言っているが、その彼らの言っている「主の日」は盗人のように突然やって来る。その日が来ると、「天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされ」てしまうとペテロは言うのです。ではどうして不敬虔な者たちや、今日の神を知らない人たちが、場合によ

2020年元旦礼拝メッセージ

【聖書個所】 Ⅱペテロ3:11 :「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるもの だとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」 【タイトル】 聖い生き方をする敬虔な人(1) 【本論】 今年、このⅡペテロ3:11が年間聖句として、また、「聖い生き方をする敬虔な人」がテーマとして与えられた。このテーマは、「さあ、〇〇しよう!」というようなワクワクするものではないかもしれないが、実はかなりチャレンジに満ちた、心躍るテーマであり、またみことばでもある。何故ならば、次のみことばに目を留めてみよう。 Ⅱペテロ3:1~2:「愛する人たち。いま私がこの第二の手紙をあなたがたに書き送るのは、これらの手紙により、記憶を呼びさまさせて、あなたがたの純真な心を奮い立たせるためなのです。それは、聖なる預言者たちによって前もって語られたみことばと、あなたがたの使徒たちが語った、主であり救い主である方の命令とを思い起こさせるためなのです。」 ここには、「呼びさまさせる」、「奮い立たせる」、「思い起こさせる」という、心に働きかける言葉が使われている。このことから分かるように、ペテロはこの手紙により、読者に向けて、彼らが以前にペテロやパウロの手紙を通し、また預言者や教師たちによって教えられていた主の再臨や終わりの時代のことについて、もう一度思い起こさせようとしているが、その中で語られている「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」という言葉は、だから、それは「

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