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主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

ハレルヤ!今日もまた、皆さんと御一緒に礼拝出来ることを感謝します。コロナウィルスの状況は依然私たちの願っているような方向には仲々進んで行かず、まだ厳しい状況の中にあるが、必ず収束の時が来ることを信じ、祈って行きましょう。 【聖書個所】 ​ネヘミヤ4:1~6 ​【タイトル】 ​ネヘミヤ記(7)「再建工事妨害に対する心構え①」 ​ 【序論】 私たちは人生のいろいろな局面において、しばしば思い通りに事が進んで行かないことがある。それをここでは妨害と言っているが、私たちの手に負えない原因、例えば自然災害や今回のようなコロナウィルスによる問題、また、明らかに人災的なことなど、防ぎえない試練や困難と言うものがある。そういう場合、私たちはどうしたらよいだろうか。今日はこの個所から、ネヘミヤたちがそれらの妨害に対してどのように対処したのか、そこから学んで行きたいと思う。 ​ 【本論】 V1~Ⅴ3:「サヌバラテは私たちが城壁を修復していることを聞くと、怒り、また非常に憤慨して、ユダヤ人たちをあざけった。彼はその同胞と、サマリヤの有力者たちの前で言った。『この哀れなユダヤ人たちは、いったい何をしているのか。あれを修復して、いけにえをささげようとするのか。一日で仕上げようとするのか。焼けてしまった石をちりあくたの山から生き返らせようとするのか。』彼のそばにいたアモン人トビヤもまた、『彼らの建て直している城壁なら、一匹の狐が上っても、その石垣をくずしてしまうだろう。』と言った。」 ​ この4章は時間的には2章からつながっている個所だと言われている。それは、2章の終わりの個所で、このサヌバラテを始めとし

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】 ルカ23:44~46 【タイトル】 十字架の上の主の7つの言葉(7)―主よ。御手にゆだねます。― 今日は、十字架上の主の7つの言葉の7回目、ルカ23:44~46から、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」と語られた、イエス様の十字架上の最後の言葉についてメッセージを取り次ぎます。 ルカ23:44~46:「そのときすでに十二時ごろになっていたが、全地が暗くなって、三時まで続いた。太陽は光を失っていた。また、神殿の幕は真っ二つに裂けた。イエスは大声で叫んで、言われた。『父よ。わが霊を御手にゆだねます。』こう言って、息を引き取られた。」 【本論】 イエス様が十字架に架けられたのは、マルコ15:25によると午前9時。そして、マタイ27:45によると、12時ごろ突然暗くなり、それが3時まで続いたという。ルカの福音書では、その突然暗くなった理由を、このルカの福音書を書いたルカは「太陽は光を失っていた。」(Ⅴ45)と言いました。彼は医者だったので、日食という現象を科学的に知っていたのかどうか分からないが、これは太陽が月の影に隠れ暗くなった時の日食のことを表わしている。そう、この時、太陽はそこに存在していたが、人から見て、太陽との間に月が入ることにより、太陽の光を失ったという、まさにこれはその時の人間と神様との関係を象徴的に表しているものであった。つまり、罪が私たちと神様との間に入れば、私たちは神様を見ることも出来ないということなのです。 罪とはそのように、神様との交わり、神様との完全な関係の断絶を表わします。 イザヤ59:1~2:「見よ。【主】の御手が短くて救えないのではない。そ

イースター礼拝メッセージ:ウィリアム・ウッド師

【聖書個所】 ヨハネ20:19~29 【タイトル】 「見ずに信じる者は幸いです。」 皆さん、イースターおめでとうございます。いつもと大分、違う感じのイースターになってしまいましたが、共に死から甦られたイエス様を見上げて行きましょう。 ​ 先日、鳩山ニューライフ・チャペルで、御用をさせていただきました。コロナの影響で、いつものメンバーが数人しかいない礼拝を想像しましたが、フィリピンから来た女性とその娘さん、ペルの兄弟、そしてキューバから来たという兄弟(アンディーさん)も来ていました。どこまで私の日本語を理解できたか分かりませんが、じっと私の顔を見ながら、メッセージに聞き入っていました。礼拝後の交わりの中で、英語とスペイン語と片言の日本語を交えながら、少しアンディーさんと話をすることができました。彼は何と、キューバでブーズ―教(西インド諸島で行われる迷信的慣行で魔法・まじない・へび崇拝・人身御供など含む)の祈祷師をやっていたのです。なぜ、日本に来ることになったか聞けませんでしたが、彼はイエス様に出会って変えられ、今鳩山で熱心にトラクトを配っているそうです。途中から、私はとても不思議な気持ちになりました。アメリカとキューバは、昔から敵国同士でした。しかし、今、アメリカ人とキューバ人は長年の親友のように、何のわだかまりもなく、親しく話ができる。主イエス様の救いの偉大さを考えさせられました。どこの国の人であろうと、イエス様に出会うと、全く別人のように変えられるのです。復活されたイエス様に出会った主の弟子たちにも、驚くべき変化が起きました。 ​ ヨハネの福音書20章19―25節を、一緒に読

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】 Ⅱペテロ3:10~11: 【タイトル】 「終わりの時代の敬虔な生き方(5)―今日一日を喜ぼう―」 【序論】 今日も「聖い生き方をする敬虔な人」というテーマでみことばを取り次ぐが、この個所には、終末の時代に生きるクリスチャン、特に今私たちが直面しているコロナウィルスによるさまざまな問題(感染への、感染させてしまうのではないかという恐れや不安、死への恐れ、そして、いつまでこのように状態が続くのだろうか、そこから来る経済的な問題など)があるが、それらの中でどんな風に生きて行ったらよいのだろうかということに対する解答が明確に語られている。 ​ 「天の万象、地と地のいろいろなわざ」、つまり、この世のすべての事物は、主の再臨とそれに続くこの世の終わりが来ると、すべてが焼き尽くされる。だから「あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」と言われているように、「聖い生き方をする敬虔な人であること」がその答えである。ではそれは具体的にはどういうことなのだろうか。今日のもう一つの主題聖句、マタイ24:42~44から分かち合って行きたい。 ​ マタイ24:42~44:「だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。」 ​ 【本論】 ここで語られている

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