揺るがない信仰によるもの A Solid Belief System

「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父。』と呼びます。」

                                (ローマ8:15)


 私が数年前まで関わっていた大学内の学生ミニストリーの中にクレアという女子学生がいた。彼女は見た目に全く何も取り得のない、敢えて言うならば、小太りで決して美人とは言えない学生だった。そればかりではなく、彼女の家の状態を見ても、父親はアル中で家族を顧みることもなく、また、彼女の兄は薬物依存で家に落ち着くこともなく、そのため彼女の母親は下働きのような仕事を掛け持ちして働かなければならず、それでどうにか経済的な必要が満たされるような大変な家庭でもあった。だから私が最初に彼女を見たとき、彼女は所謂「壁の花」のような存在で、学生仲間の間では特に目立つことも無く、決して華やかさを勝ち取るようなことはないだろうと思っていた。しかし驚いたことに、予想に反して彼女は仲間の中でも誰よりも愛され、多くの友達を持っていたのである。最終的には、彼女は学部の中で最もハンサムな男性と結婚のゴールを切ったのです。


 一体彼女のどこにその秘密があったのだろうか?―それは、彼女が自分はどういう者であるのかということに関して揺るがない信仰を持っていたからである。その信仰とは、「私は神の子どもです。」という信仰である。彼女は、神が彼女をキリストにあってどう見ているかについてそのままを受け入れ、そして、神の彼女に対する将来像-「神の荷姿に造り変えられこと」と「人を愛すること」の中に、確信をもって献身したのです。彼女は誰に対しても強圧的な態度をとることなく、むしろ反対に、陽気で積極的に人々に関わり、誰からも愛される存在になったのである。


 クレアに起きたことは、私たちがどう振舞うかということの前に、私たちが自らをどう信じるかということを通してクリスチャンとしての姿を形造るかという重要性を教えている。彼女はこの世の中の基準によって生きるのではなく、神を信じるところから来る霊的遺産―信仰と愛―によって生きることに喜びを見出していたのです。


 私たちは信仰生活を送るに当たり、その中で何を成し遂げるかを考える前に、神の言葉をしっかりと握る必要がある。そして、私たちが神がどのようなお方であり、また神が何を為されたのかによって私たちが何者であるのかを理解する必要があるのである。クリスチャンとしての生産的な良い行ないというのは、あくまでもクリスチャンとして何を信じているかという信仰の結果であって、その逆ではないのである。


 「主よ。クレアを通してあなたの美しさを教えて下さり、感謝します。あなたとあなたによる永遠の価値に目を留めず、自分の考えに目を留めていたことを赦してください。」

                             (ニール・アンダーソン)


                  Freedom in Christ Ministries International 掲載許可

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