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これまでのメッセージ

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

 

【タイトル】

「あなたの恐れは何ですか?」

【聖書個所】

 マタイ10:28

【導入】

 家にいるといろいろな電話がかかって来る。その中でも、以前は殆どなかったが、最近多いのが医療保険の見直しを薦める案内の電話。皆さんの場合はどうだろう。「あ、そうだ。」という方もいるでしょう。どこかで私や皆さんの年齢を含めた個人情報が流れていて、そのような勧誘の電話

がかかって来るのです。

 

 そこで、医療保険だけに関わらず、どうして保険というビジネスがあるのかと考えてみると、人には誰でも、万が一の場合の保障、安心というも

のを持っていたいという願いがあるからです。それを裏返してみると、人には誰でも何かに対する恐れというものがあるということです。重たい病気になって、それを治すために予測される経済的な圧迫への恐れ、医療保険などはまさにそう。その他、自然災害や事故など、災いに対する恐れというのを私たちは普段は意識していなくても持っている。だから万一に備えて、保険に入っておこうとするのです。

 今日は一つのポイントに絞り、「あなたは何に恐れていますか?」というタイトルで、誰でもが抱えている恐れに対してみことばから光を当て、それらの恐れを消し去る道を見出して行きたいと思う。

【本論】

 この個所は、イエス様の弟子に向けて語られた言葉ですが、それは前から続いている中で語られた言葉。この前には何が語られているかというと、この章の始めで、イエス様は12弟子を起こし、そして彼らに御国の福音を語り、その福音の力を悪霊追い出しやあらゆる病の癒しという技をもって現わすようにと命じられた。と同時に、それは容易なものではなく、多くの反対に遭い、苦難や迫害という目に遭う。しかし、恐れてはいけない。福音は最後には必ず勝利するからだと言って彼らを励まし、そして今日のこのみことばにつながっている。

Ⅴ28a:「からだを殺しても、たましいを殺せない人たちなどを恐れてはなりません。」

 つまり、「反対する人たちを恐れてはならない。」ということです。これをもう少し広げて、福音宣教に関わることだけではなく、私たちの人生全般において考えてみるならば、私たちの恐れの対象になっている、或いはなり得るさまざまな災いや心配事、病気や健康のこと、経済の問題等を恐れてはならないということなのです。

◎どうしてなのだろうか?

 

Ⅴ28b:「そんなものより、たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」

 「たましいもからだも、ともにゲヘナで滅ぼすことのできる方」とは誰のことだろう。そう、この天地万物を造り、その造られた世界に罪と死をもたらしたサタンを、最後には地獄に投げ込んで、永遠の裁きをなされる神様のこと。その裁きについては黙示録20章を読んでみて下さい。

 イエス様は、その神様を恐れなさいと言う。この「恐れ」というのは、「畏敬、畏怖」という意味でもあるが、ここでは2カ所、「恐れてはなりません。」と言われているところで、原典ではどちらも同じ「恐れ」を意味する「フォボス」と言う言葉が使われている。この「フォボス」という言葉は、現在では英語の「恐怖症」を意味する、例えば高所恐怖症:アクロフォビア、暗所恐怖症:「ニクトフォビア」の「フォビア」という言葉の語源になっている言葉です。

 つまりイエス様は弟子たちに対して、「神様恐怖症」になれと言っているのである。それはどういうことなのか?!それは、人は何かに恐れを抱くと、その恐れの対象物に支配されるようになるので、その神様の支配によって生きるようになりなさいということである。私たちは神様を信じてはいても、病気になる恐れ、健康が失われる恐れ、そこから派生する生活が大変になる、やって行けなくなることへの恐れ、安定した経済を損ねる、お金を失うことへの恐れを持つ。そうなると、頭では分かってはいても、心や思考の領域では、神様が神ではなく、健康であることが、お金がいつまでもあることが神になって、つまり健康第一、経済が第一になって、神が神ではなくなってしまうのです。

 神という絶対的な存在は、私たちにとってそれが真の神であっても、健康、経済、その他どんなものであっても、私たちを支配するものです。何故なら、それが私たちの心の中の、思考の中の中心、神の座に座るからです。私たちが心を開いて、そのようにしてしまうからです。

ローマ6:16:「あなたがたはこのことを知らないのですか。あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。」

 だから、私たちは決して、神以外を神としてはならない!何故なら、神以外の神は私たちに、私たちは求めていても、私たちが求めているその安心、平安というものを与えることはなく、むしろ、不安、怖れを煽(あお)るだけで、増々不安と恐れの中に落とし入れ、際限のない恐れ、不安のサイクルの中に引き入れるだけだからである。

 しかし、この天地万物を造られた神様、私たちを造られた神様はそうではない。

Ⅴ29~Ⅴ31:「二羽の雀は一アサリオンで売っているでしょう。しかし、そんな雀の一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。だから恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です。」

 神様はこのように、私たち一人一人に対し、この世界のどんなものよりも、何よりも心を配り、心配し、顧みて下さっているのです。聖書には、そのことを言い表している数多くの言葉がある。

イザヤ43:1~3a:「だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、【主】はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、【主】はこう仰せられる。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。わたしが、あなたの神、【主】、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。」

【結論】

 神様は私たちを愛し、御子を遣わし、私たちを罪と死の力から、その恐れから、また勿論、ご自身が治めておられる健康と経済の恐れの不安からも私たちを救ってくださった。これからも守ってくださるのです。何故なら、この神様がこの世界のすべてを支配し治めているからです。

ローマ8:15:「あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父』と呼びます。」

この方だけを恐れよう!

―祈り―

 

 

 

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