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これまでのメッセージ

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【タイトル】

「御霊の実(4)―誠実、柔和、自制の実―」

【聖書個所】

ガラテヤ5:22~23

【序論】

 御霊の実には9つの実があるが、今日学ぶ「誠実、柔和、自制」の実は、自分に対して結ばれる実である。そして、それらすべての実を結ばせるの、聖霊です。ちょうど御霊の賜物にいろいろな賜物があり、それらの賜物をもたらしているのが一つの御霊、聖霊によるのと同じです。

Ⅰコリント12:4~6:「さて、賜物にはいろいろの種類がありますが、御霊は同じ御霊です。奉仕にはいろいろの種類がありますが、主は同じ主です。働きにはいろいろの種類がありますが、神はすべての人の中ですべての働きをなさる同じ神です。」

 このように御霊の実に関しても、御霊の賜物と同様、多様性と一体性という両面があることを覚えたい。神様が三位一体であられるように、一つの御霊が多様性をもっていろいろな賜物をもたらし、いろいろな実を結ばせてくださるのです。ところが、肉の性質を持っている人間はなかなかこのことを理解するのが難しい。「本当はいろいろあっても良いのに、こうでなければならない。」と一つのことに拘泥したり、「反対に、本当は一つでなければならないのに、それぞれ好きにやればいいんだ。」と利己的になり、一つになろうとしない。これらの性質は正に肉の性質であって、御霊の性質に逆らうものです。そんな状態についてパウロはこう言っている。

ガラテヤ5:17、19~21a:「なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。」、「肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。」

 ここに挙げられている肉の性質が結ばせる実のうちで、特に「敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ」と言った実は、一つになろうとするのを妨げるものです。しかし、御霊の性質はそうではない。御霊は対立し合うものを一つにされる。それは御霊なる神様の愛の性質だからです。今日学ぶ「誠実、柔和、自制」の実もそのような御霊なる神様の性質によって結ばれる実です。では、具体的に一つ一つを見て行こう。

【本論】

①誠実:(ギ)ピスティス:真実・正直であること。忠実であること。信頼に足ること。

Ⅰコリント10:13:「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」(神の性質の誠実)

Ⅰコリント4:17:「そのために、私はあなたがたのところへテモテを送りました。テモテは主にあって私の愛する、忠実な子です。彼は、私が至る所のすべての教会で教えているとおりに、キリスト・イエスにある私の生き方を、あなたがたに思い起こさせてくれるでしょう。」

 テモテがパウロにとって誠実で、信頼に足る弟子であることを述べている。

②柔和:(ギ)プローテース:単に軟弱という意味ではなく、芯のある柔らかさ、何事にも屈しない強靭な性質、バネのような性質。ある聖書は、「謙遜」、「痛みを知る優しさ」とも訳している。

 この柔和については、ペテロが語るに相応しだろう。彼は、「私が弟子の中で一番です。」と言わんばかりに、いつも自信たっぷりだった。しかし、イエス様を3度も「知らない。」と言ってしまい、自信過剰だった鼻がへし折られ、罪責感のどん底に陥ってしまった状態から、主の柔和によって救い出され、新たな希望が与えられたからです。ペテロは「柔和」ということがどういうことか身をもって体験したのです。そのペテロが柔和について何と言っているか見てみよう。

Ⅰペテロ2:18~24a:「しもべたちよ。尊敬の心を込めて主人に服従しなさい。善良で優しい主人に対してだけでなく、横暴な主人に対しても従いなさい。…。あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。」(しもべに対する教え)(下線:主の柔和さ)

Ⅰペテロ3:1~4:「同じように、妻たちよ。自分の夫に服従しなさい。たとい、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって、神のものとされるようになるためです。それは、あなたがたの、神を恐れかしこむ清い生き方を彼らが見るからです。あなたがたは、髪を編んだり、金の飾りをつけたり、着物を着飾るような外面的なものでなく、むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。」(妻たちに)

Ⅰペテロ3:7:「同じように、夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて妻とともに生活し、いのちの恵みをともに受け継ぐ者として尊敬しなさい。それは、あなたがたの祈りが妨げられないためです。」(夫たちに、柔和=痛みを知る優しさ)

 そしてまとめて、

Ⅰペテロ3:8~9:「最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。」

③自制:(ギ)エグカラテイア:これはただ抑制するということではなく、前の柔和にも通じるもので、「自主自立」という訳もあるように、どんな場合にも自由自在に対応することが出来る、強いけれども、柔軟な対応力のことです。それをパウロは、彼の一番弟子のテモテに対する手紙の中で語っている。

Ⅱテモテ1:7:「神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。」

 この「慎み」が自制です。パウロは、まだ若い自分の愛弟子であったテモテが、任された責任の重さや、それらの教会に対する迫害、また教会内部の背教的な人々(Ⅱテモテ3:1~5:「終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、不遜な者、神をけがす者、両親に従わない者、感謝することを知らない者、汚れた者になり、情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好まない者になり、裏切る者、向こう見ずな者、慢心する者、神よりも快楽を愛する者になり、見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。…。」)を前にして、気弱になっていたテモテに対し、力と愛と慎みの霊を持って、断固として戦うように励ましている。どれほど「自制」が重要であるかが分かると思う。これらの生き方は結局、ガラテヤ5:16で言われている「肉の欲望を満足させる」生き方だからです。

【結論】

 今日、この時と同じように、福音に反する生き方が、つまり、肉に従い、御霊に従おうとしない生き方が、世の中は当然のこと、教会の中にもあるのです。だからパウロはこのような手紙を書き送っているのです。これは霊的戦いです。悪魔は私たちの肉の欲望を刺激し、無益な滅びの実を結ばせようとしている。だから私たちは注意をしなければならない。皆さんは今、どのような実を結んでいるだろうか?―どのような実を結びたいだろうか?―もし肉に従っている実を結んでいるのなら、悔い改めよう。―そして、もし御霊の実を結びたければ、今日、御霊に導かれることを選択し、決心し、歩んで行こう。

ガラテヤ5:22~25:「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。」

―祈り―

 

 

 

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