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これまでのメッセージ

主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

エズラ記4:1~24:

【タイトル】

困難に打ち勝ち、教会を建て上げる神の民

【本論】

 バビロン捕囚から解放され、神殿再建命令を受けてエルサレムに帰って来たイスラエルの民は、BC536年に神殿の礎を据える工事を開始した。ところがそれも束の間、エルサレムにいた人々、「ユダとベニヤミンの敵たち」(Ⅴ1)と言われているサマリヤ人たちに工事の妨害をされ、結局「ペルシャの王ダリヨスの治世の第2年」(Ⅴ24)BC520年までの16年の間、工事は中断を止む無くされた。今日はこのサマリヤ人の妨害によって神殿建設工事が中断されたという出来事から、私たちの教会建設(霊のからだである教会形成)にとって無くてはならないメッセージを聞いて行きたいと思う。何故なら、私たちの教会建設にもしばしばこのような問題が起こるからである。どうすればそのような問題に勝利し、教会建設を進めることが出来るだろうか?―今日のポイントは一つだけだが、その前に先ず2つのことを掴んでおこう。

①私たちは自分という教会を建てているということ、

②それは容易ではないということ

 の2つである。

(1)私たちは自分という教会を建てている。

 教会形成というと、それは牧師とか役員、重荷のある人がやることであって、私とは関係ないと思う人がいるかもしれないが、そうではない。それは自分のことなのである。

エペソ2:20~22:「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。」

Ⅰコリント3:9:「私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。」

 このように聖書は、教会形成とは私たちのからだを建て上げることであると明確に言っている。

(2)それは容易なことではないということ。

 誰でも経験することだが、例えば1日聖書を10章読もうと決めても、一日祈る時間を1時間持とうと決めても、なかなか実行することは難しい。それは、勿論肉の弱さもあるが、あの神殿再建工事が中断したように、教会生活を建て上げて行こうとするのを妨害する者=悪魔が働いてもいるからです。悪魔による妨害はどのようにして起こるのか?―今日の聖書個所にそれを見ることが出来る。

 サマリヤ人たちは帰還したイスラエル人に「神殿建設に参加させてください。」と頼んだ。しかし、イスラエル人たちは断った。その理由は、Ⅴ3:「しかし、ゼルバベルとヨシュアとその他のイスラエルの一族のかしらたちは、彼らに言った。『私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。ペルシヤの王、クロス王が私たちに命じたとおり、私たちだけで、イスラエルの神、【主】のために宮を建てるつもりだ。』」とあるように、「クロス王の命令」=神様の御心と関係がある。それは、エズラ1:3:「あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、【主】の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。」とあるように、教会は、真の主の民によって建て上げられるものだからである。彼らは、断られたことを恨み、Ⅴ4~Ⅴ5:「すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。さらに、議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシヤの王クロスの時代からペルシヤの王ダリヨスの治世の時まで続いた。」

 Ⅴ6~Ⅴ23では、アハシュエロス王やアルタシャスタ王への告訴状のことが言及され、それが記されているが、何故ダリヨス王の後(それぞれ約50年後、70年後の王)の時代のことが記されているかと言うと、エズラはアルタシャスタ王の時代の人であり、同時代の出来事を挿入することで、絶えず妨害がこのようにあることを浮き出させるためでもあったのだろう。この告訴状を見て分かるように、サタンは真っ赤な嘘はつかない。それでは人を騙すことが出来ないからである。サマリヤ人たちは、「確かにかつてはイスラエル人たちはこうであった。」と、過去の事実を入れ、そしてイスラエル人を告訴しているのである。これが悪魔の常套手段である。そして、私たちの教会形成を妨げるための常套手段でもある。しかし、どんなに私たちを脅し、失望落胆を与えても、私たちの働きを止めることは出来ないのである。何故なら、イエス様は2000年前に十字架の上で、「完了した。」(ヨハネ19:30)と言われ、悪魔が私たちを告訴することが出来ないよう、私たちの過去、現在、未来のすべての罪の贖いを成し遂げて下さったからである。主はこれから救いのわざを為されるのではなく、もう完了されたのである。

 では今イエス様は何をしておられるのか?―御座におられて執り成し、聖霊様を送られ、宣教と教会形成の働きを私たち委ねられたのである。だからイエス様はご自身に対するペテロの告白に対し、こう言った。マタイ16:18:「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」と。「ハデスの門もそれには打ち勝てません。」は、私たちの教会形成に関し、どんな妨害があっても、悪魔に対する完全勝利を約束している。

 では、今日のポイントである、どうすればそれが実際に可能になるのかを見てみよう。

マタイ7:24~27:「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれはひどい倒れ方でした。」

 この譬えを通して主が語ろうとしている中にその答えがある。それは、私たちは教会という自分の家を建てているが、悪魔の妨害のゆえにさまざまな雨や風という困難な状況に遭う。しかし、みことばを聞いて実行すること、神様に従うことにより、どんな妨害や困難な状況に出会っても、教会形成は必ず実現されて行くのだということを教えている。と同時に、この譬えを語らなければならなかった状況を見ると、そこにも今日の状況と同じように、私たちがはっきりと知っておかなければならない教会形成のための大切なことを学ぶことが出来るのである。それは;

マタイ7:15~16、20~23:「にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。」、「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです。その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。『わたしはあなたがたを全然知らない。不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』」

 今日でも、見た目には神様に仕えている、神様のために働いているという風に言う人、見える人がいるが、しかしその内は貪欲であって、自分の栄光、自分の繁栄、自分の利のために仕え、働いているというのである。イエス様は、こういう人の働きは、結局砂の上に家を建てるのと同じであると、その後の譬えを通して教えている。

【結論】

 私たちはどうだろう?!私たちは、どのような者であっても、主のために生きたいものです。主のために生きれば、当然イスラエル人たちが工事の妨害に遭ったように、困難なことは起きる。しかし、私たちはそれらに打ち勝つことが出来、必ず建て上げることが出来るのでもある。

マタイ16:18:「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」

マタイ7:24:「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。」

―祈り―

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