主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

創世記1:28~29

【タイトル】

​神のかたちの完成目指して(11)「生き甲斐の回復」

【序論】

 今年6月29日、国会において、「働き方改革関連法案」という法律が可決した。それは、日本は1990年代に入ってバブルが崩壊し、日本経済は右肩上がりから右肩下がりの状況になり、GDPなどの数字だけでなく、慣行とっていた終身雇用や年功序列の制度など、労働環境にも変化が生まれて来たからです。しかし、その中でも、労働すること、働くことの目的、意識は変わることはありません。

 ここに、2001年から2017年の17年間に内閣府が行った「国民生活に関する世論調査」があるが、それによると、「あなたの働く目的は何ですか?」という質問に対して、一番多いのが「お金を得るため」(生活するため、生きていくため…)50%前後。次に多いのが「生き甲斐を見つけるため」20%~25%。その後、10%~15%前後に、「社会の一員としての務めを果たすため」、そして「自分の才能や能力を発揮するため」という目的が続く。そして、その中でも特に興味深いのは、年齢別にみると、高齢者になればなるほど、「お金のため」よりも「生き甲斐を見つけるため」の方が多いということです。その割合は、年齢が上がれば上がるほど上がって行く。その理由については世論調査は何も述べていないが、皆さんはどう思われるでしょう。私たちの中で、私もそうですが、実際に、今もまだ働いている兄弟姉妹がいるわけですから、何のために私たちは働くのかということを考えることは、意味のあることではないかと思う。

 というわけで、今日は、今年の第一のテーマ「神のかたちの完成目指して」というテーマの下、「働く使命の回復」、特に「生き甲斐の回復」ということで、この個所からメッセージを取り次いで行きたい。

【本論】

 聖書は、私たちの労働は祝福されたもの、言い換えるならば、「生き甲斐に溢れたもの」であると言っている。

 神様はアダム=私たちを造られ、祝福し、この地の生き物を支配(管理)するよう、そして、その仕事のために、つまり、生きて働いて行くために、全地の上にある、種を持つすべての草木とその実を食物して与えると言われた。ここに、先ほどの「何のために働くのか?」という世論調査にも現れていた、二つの労働の大きな目的が記されている。それは、「お金のため=生きるために働く」、そして「生き甲斐のために働く」という2つ。

①支配=管理するという仕事、労働が生き甲斐であり、

②その仕事、労働をするために食物を得る。糧を得る。お金を得るということ。

 聖書の「祝福」というのは、「神が神ゆえに、恵みとして私たちに与えられる神様のよきもの」を言う。具体的にはそれは、「力が与えられること」、「数量的に増えること」、「必要なものが備えられること」、「きよめられること」、「救われること」、「変えられること」、そして「使命や任務が与えられること」の場合に使われる。そして、今日の聖書個所から言うならば、まさに「地の上のすべての生き物を支配、管理する」ということが、「使命、任務」であり、それが祝福であったというのである。

※聖書は、そのことのために、「彼らを祝福し」(Ⅴ28)と、言ったのです。

※私たちは、この時、生き甲斐を持ったのです。

 私たちは、どうだろう?―今働いている私たちは、今、生き甲斐を持って働いていだろうか?生き甲斐のあるところには、心の満足、喜びがある。私たちは、心の満足、喜びをもって働いているだろうか?

 初めに、神様が人を造られたとき、アダムとエバを造られた時、彼らは喜びをもって、生き甲斐を持って働いていた。神様から与えられた使命を果たしていた。しかし、そんな彼らも、あることを通して、その生き甲斐、喜び、心の満足を失ってしまった。神様がしてはならないという罪(Ch.3:6:善悪の知識の木から、その実を取って食べたこと)を犯して以来、私たちは、労働、働くことの中に、生き甲斐、喜び、満足を見出すことはなくなってしまった。そうではなく、代わりに、労働、働くことが、苦しみになってしまった。人が罪を犯した後、神は、その罪を犯した人に向かってこう言っている。

創世記3:17~19:「また、人に仰せられた。『あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。』」と。

※人が罪を犯したために、それまで人にとって祝福であった労働が、呪い、苦しみになってしまったというのである。何のために生まれ、何のために働き、何のために生き、そして何のために死ぬのか、人は、罪を犯して以来、その目的を失ってしまったのである。

※しかし、今、私たちは知っている。そんな生きる目的、働く目的を失い、生きることが苦しみ、働くことが苦しみの状態から、そんな呪いの状態から、イエス・キリストが私たちを救ってくれたということを。

エペソ2:3~5:「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、──あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。──」

 そして、

エペソ2:10:「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。」

良い行い(神が与えてくださった祝福に満ちた働き、労働、使命、役割)を与えて下さっているということを。

【結論】

 私たちは今、このようにして、キリスト・イエスの贖いにより、アダムが犯したすべての罪の結果、受けなければならなかったすべての労働の呪いが、労働の祝福へと変えられているのである。

引用1:イスラエルのお年寄りのためのNPO団体「ヤド・ラカシシュ」

引用2:ザアカイ(ルカ19章)

私たちも、この方々のように、祝福された労働の喜びをもって、生き甲斐を持って歩んで行こう。

―祈り―

これまでのメッセージ

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