主日感謝礼拝メッセージ:金子辰己雄師


【聖書個所】

詩篇95:1~8:

【タイトル】

「さあ、主に向かって。さあ、明日に向かって」

【序論】

 今日はこの聖書のみことばを、2018年のすべての恵みを覚えて神に感謝をささげ、迎える2019年のためのみことばとしたい。

【本論】

◎先ず、この詩篇の作者は、

V1:「さあ、【主】に向かって、喜び歌おう。われらの救いの岩に向かって、喜び叫ぼう。」と言っている。

 イスラエルの人々は、神を「岩」という言葉でしばしば表現する。詩篇94:22:「しかし【主】は、わがとりでとなり、わが神は、わが避け所の岩となられました。」のように。「避け所の岩」も「救いの岩」も、イスラエルの人々にとっては危険から守ってくれる助け主を指す言葉なのです。イスラエルの民は、その主が助け守ってくれたから、その主に向かって「喜び歌おう。喜び叫ぼう。」と言っているのである。

 私たちの場合には、それはイエス様です。イエス様は私たちを、罪と、罪の報酬である死から救ってくれた。私たちにとって、それは掛け替えのない最も大きな贈りものです。詩篇103:8~12:「…。主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒ってはおられない。私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。」とあるように、主は私たちに測り知ることの出来ない無限の罪の赦しの贈りものを与えてくれたのである。だから、詩篇の作者は、

V2:「感謝の歌をもって、御前に進み行き、賛美の歌をもって、主に喜び叫ぼう。」という。

※これが一つ目のポイント:救いを受けたことのゆえの賛美。感謝の歌をもって主を賛美しよう!

◎次に詩篇の作者は、イスラエルの民が、私たちが主を賛美する理由を次のように言う。

V3:「【主】は大いなる神であり、すべての神々にまさって、大いなる王である。」