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これまでのメッセージ

クリスマス礼拝メッセージ:金子辰己雄師

December 22, 2019

【聖書箇所】

 マタイ2:1~12

 

【タイトル】

 クリスマスの最高の贈り物

 

2019年12月22日 クリスマス礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【導入】

 今日は、この博士たちがささげた3つのささげものに目を留め、私たちにとってそれらがどういう意味を持つのかということを考えながら、メッセージを取り次ぐ。

 

【本論】

​ 先ず初めに、それぞれのささげものの持つ意味を見る前に、ささげもの全体の持つ意味について考えてみたい。先日のカフェコンサートで、小西陽子先生がそのことについて語って下さった。

 

 小西先生は、先ずこの博士たちがどういう人たちであるかを語られた。それは、日本で言うなら、超有名大学の学者のようであり、経済的にも裕福な金持ちであり、また、エルサレムまでの長い距離を、ラクダに乗って旅をするくらい肉体的にも屈強な体を持っていた者だろうと語っておられた。つまり、知性、財力、体力において十分に恵まれた人たちだったということ。そのような、国にいれば人々から羨ましがられるような人にも拘わらず、危険な所を通ってわざわざやって来たわけだから、そのささげものの価値はどれほどであるか分からないほど貴重な物であったということです。先ず、その点をつかんでおこう。では、3つの宝物について見てみる。

 

​①黄金:文字通り黄金であり高価な宝物です。そして、今は金本位制の貨幣制度がなくなってしまったが、今でも最も安全で確かな経済的資源の一つである。だから黄金は、またお金という意味で、私たちの生活を支える重要なもの。私たちはお金がなければ生活することは出来ない。しかし聖書は、一つの譬え話を通して、私たちにこう言う。

 

​ルカ12:13~21:「…。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」それから人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。…。自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」

 

​ 「神の前に富む」と言うことはどういうこと?―それは;

 

​ルカ12:22~31:「それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。…。何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。」

 

​※「神の国を求める」ということです。私たちの生活を支配しておられるのは神だから、黄金ではなく、神に信頼をおいて生きろということです。この東方の博士たちがイエス様に黄金はささげたのは、そのような信仰の現れです。

​②乳香:乳香は香料の一種で、幹を傷つけると乳白色の樹脂が滲み出て来て、その樹脂を基にして作られる香料のことです。乳香について書かれている聖書箇所を開いてみよう。

 

​出エジプト30:34~35:「【主】はモーセに仰せられた。「あなたは香料、すなわち、ナタフ香、シェヘレテ香、ヘルベナ香、これらの香料と純粋な乳香を取れ。これはおのおの同じ量でなければならない。これをもって香を、調合法にしたがって、香ばしい聖なる純粋な香油を作る。」

 

​ それぞれの香は、固められた樹脂を乳鉢で細かくすり潰し、混ぜ合わせて作る。そうして芳い煙が立ち上る香が出来るのである。これは、私たちの砕かれた人格を意味する。神様は、私たちの砕かれた魂を喜ばれます。

 

​詩編51:17:「神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」

 

​ ダビデはバテシェバとの罪を犯した後、ナタンによって罪示され、悔い改めてこの歌を歌った。

 

​※神様は乳香のように、神様の前に生まれたままの罪の性質を持った人格が、その罪を認めて悔い改め(罪の性質をすり潰した時)、その時に香りでる香りを受け入れられ、喜ばれるのである。

 

​③没薬:これは前の香料の一種のようなもので、香料が神様にささげられるものだとするなら、没薬は死んだ人の体に塗り、防腐剤の代わりにしたり、死んだ人の体から出る臭いを消すために使うものである。没薬は、そこに死がなければ用のないもの、つまり、没薬は死を象徴する。

 

​ では、それは私たちにとって何を意味するのか。それは、私たちの神への献身の生活を意味する。イエス様はこう言った。

 

​マタイ16:24~25:「それから、イエスは弟子たちに言われた。『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。』」

 

​ また、パウロもこう言った。

 

​ガラテヤ6:19~20:「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」

​※私たちの信仰生活というものは、このようなイエス様への献身の生活なのです。

【結論】

 では、何故私たちはイエス様に向かい、このように信頼を置き、心を砕いて礼拝をささげ、献身の生活をしなければならないのだろうか?―それが今日の結論であり、イエス様が人として生まれて来て下さったのクリスマスメッセージの中心のテーマです。―それは、イエス・キリストは神であるにも関わらず、私たちを愛し、私たちの罪を贖うために来て下さって、十字架の上で死んで下さったからです。神としての栄光をすべて捨てて、罪人として死んで下さったからです。

ピリピ2:6~11:「キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。」

 東方の博士は確かに大きな犠牲を払われたが、イエス様はそれ以上の犠牲を払って下さった。天の御位からこの地に下って下さり、黄金以上の、乳香以上の、没薬以上のささげものを私たちのために十字架でささげて下さった。だからイエス様だけが私たちの黄金(完全なる信仰)を、乳香(砕かれた魂)を、没薬(献身の生活)をささげるに相応しいお方なのです。

ローマ12:1:「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。」

​​

―祈り―

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