主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

Ⅱペテロ3:11~13

【タイトル】

聖い生き方をする敬虔な者(6)「神の日の来るのを待ち望む」

 最近、コロナウィルスの問題が日本や世界を揺り動かすようになって来て、改めて思うことがある。何を思うかというと、今年の聖句であり、またテーマです。「このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」とあるが、まさに今私たちは、普段特に気にも留めずにいたが、この社会の仕組みも経済も、また私たち自身の肉体も、私たちの目には見えない直径約1万分の1mm以下の小さなコロナウィルスのような小さな生物によって翻弄され、これから私たちはどうなって行くのだろうか、この国は、この世界は大丈夫なのだろうかと、また、今にもこの国の経済も医療も崩壊するのではないかというような状態になっているのを思うと、本当に私たちは、「どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。」か、と思うのです。

  だから、「聖い生き方をする敬虔な者」というのは、この終わりの時代に生きている私たちに対して、神様が「こうあって欲しい」と私たちに求めている姿のことなのです。だから今日もこの個所から、神様は私たちに何を望んでいるのかということを学んで行きたいと思う。

 神様はこの個所で、私たちに3つのことを語っている。

(1)「神の日の来るのを待ち望め」ということ。

V12a:「そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。」

 「神の日」とは、主の再臨の時と、その再臨に伴って起こる、この世のすべてのものが焼き尽くされ、消え去ってしまう「終わりの日」を指している。続けて、V12の後半を見てみよう。

V12b:「その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。」

 神様は私たちに、この世のすべてのものが崩れ去り、焼き尽くされ、消え去ってしまう、そのような「終わりの日」、「神の日」を待ち望めというのです。

 皆さん、どうだろうか?そのような日を待ち望むことはできるだろうか?築き上げて来た人間関係も、財産も名誉も実績も、何もかもが跡形もなくなってしまうというのだから、そのような日を待ち望むことは出来ますか?それだけではなく、その日が来るのを「早めるようにしなければならない」というのです。それが二つ目のこと。

(2)「神の日の来るのを早めろ」ということ。

 何故神様は私たちに「神の日」が来るのを待ち望み、また、待ち望むだけではなく、その日が来るのを早めるようにいうのだろう。この世の私たちが持っている、築いて来た私たちの財産、名声、栄誉、実績、すべてのものが消え去って行く、そのような起こる日が来るのを待ち望み、そして、その日が来るのを早めなければならないと言うのでしょうか?―その答えは?たった一つ。

※神様は、私たちを愛しているからです。―えっ、神様が私たちを愛している?その愛とこの世のすべてが消え去って行く「神の日」とどういう関係があるのか、と思うかもしれないが、「愛」というのは、愛する人のためにはどんなことでもする、その人の最善のためにはどんなことでもすることでした。今までに何度かそのように話して来た。一方で神様は、義なる神様です。罪がなく、完全に正しく、一切の汚れのない聖い神様です。その神様がこの世界を造りましたが、この世界は、アダムの犯した罪以来、完全に汚れて、罪と悪の満ちる世界となってしまった。そのことは、聖書が明らかにしているところです。

ローマ5:12:「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、──それというのも全人類が罪を犯したからです。」

 そのために、これまでにも神様は何度もこの世から私たちを救い出そうとされたが、その度に私たちはその神様の御心に適うようにすることが出来なかったのです。ノアの箱舟のことを見ても、ロトの家族のソドムとゴモラからの救出の出来事を見てもそのことは明らかです。そこで神様は、最終的に私たちを、この罪が満ちている世界から救い出すために、御子であるイエス・キリストをこの世に送って下さり、イエス様によって私たちを救い、そしてこの世を滅ぼし、そして最終的に、もう滅ぼす必要がない完全な新しい天と新しい地を与えようとされ、そしてそれを実行されたのです。それが今の「終わりの時代」と言われる時です。

へブル1:1~2:「神は、むかし父祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。」

 そういうわけで神様は、今私たちに、御子イエス・キリストによって造られ、そして私たちに与えようとされる新しい天と新しい地を、そこに入ることが出来るようにと、それを待ち望む者であるようにと願っているのです。それが3つめに神様が語っていらっしゃることです。

(3)「新しい天と新しい地を待ち望め」ということ。

V13:「しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます。」

 その新しい天と新しい地とは、「正義の住む」ところです。神様がノアの時代に滅ぼさなければならなかった悪に満ちた所でもなく、また、ロトの家族を救い出し、それ以外の人々を滅ぼさなければならなかったような、不義と不正に満ちたソドムとゴモラのような所でもない。そして、今日私たちが生きている、やはり同じように罪に満ちた世界でもありません。

※神様は最終的に、この罪と悪に満ちたこの世界を裁いて滅ぼし、そしてこの世界を滅ぼす前に、この世界から私たちを救い出し、そして、正義の住む新しい天と新しい地に住まわせるために、御子を送って下さったのです。それが、今私たちの受けている、この救いです。

ヨハネ3:16:「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

※神様は私たちを愛しているので、このことを行なって下さったのです。今、私たちが経験している新型コロナウィルスは、まだ治療薬もワクチンもないから恐ろしい。一旦罹ったらどうなるか分からないし、もしかすると命を落とすことになるかもしれないということで恐ろしい。しかし、それ以上にもっと恐ろしいのは、罪のウィルスです。罪のウィルスに感染し、そのままでいるなら、この世でいのちを落とすだけではなく、永遠にいのちを落としてしまう、永遠の滅びに行ってしまうからです。だから神様は私たちに、その日が来るのを待ち望み、そしてその日が来るのを早め、そして、それによってやがて私たちが入る新しい天と新しい地を、待ち望むことが出来る者であるようにと言うのです。

※そのためには私たちは祈り、その日が早く来るようにと、それによって一人でも滅びる人がいなくなるようにと福音を宣べ伝えて行かなければならない。それが、聖書が語っていることです。

マタイ24:14:「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。」と言うからです。

福音が全世界に宣べ伝えられ、それから「終わりの日」、「主の日」、「神の日」が来ます。また、

マタイ24:21~22:「そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。もし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。しかし、選ばれた者のために、その日数は少なくされます。」と言うように、私たちは福音を宣べ伝え、そして「神の日」が一日でも早く来るようにと祈ります。それによって、神様は、その日が来るのを早めてくれます。もしそうしなければ、「その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。」とあるように、そうなってしまうからです。しかし神様は、一人として滅びることを望んでいないので(Ⅱペテロ3:9)、私たちが祈り、私たちが福音を宣べ伝えることによって、その日が来るのを早めて下さるのです。

 この世の終わりを待ち望むということは、厭世的なことでもなく、虚無的なことでもない。それは、神様の救いの御計画である御国の完成を待望し、期待することです。神様が用意された新天新地を待ち望むことです。だから、私たちは祈って、福音を伝え、そして待ち望もう。その日が一日でも早く来るように待ち望もう。そして、一人でも多くの人が永遠の滅びから救われるように待ち望み、その日が早く来るようにしようではないでしょうか。

―祈り―

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