2021年 1月31日(日) 主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

ネヘミヤ8:13~18:


【タイトル】

「私たちにとっての仮庵の祭り」

【序論】

 前回はネヘミヤ7:72b~8:12から、エズラたちによる律法の

解き明かしにより、バビロン捕囚から解放された人々は神との出会いを

体験し、それによる礼拝生活の回復が始まったことを語った。今日はそれに続いて、やはり律法により彼らは仮庵の祭りのことを知るが、彼らはそれを喜びをもって行なったとある。どうして彼らはそれを喜びをもって行なったのか、その理由と、この仮庵の祭りが持つ今日的意味、つまり、私たちにとっての仮庵の祭りとは何なのかについてメッセージを取り次ぐ。

【本論】

(1)何故彼らは仮庵の祭りを喜んだのか?―それを考える前に、先ずイスラエルには律法によって定められた7つの祭りがあり、その中でも重要な3つの大きな祭りあることを確認しよう。

①過越しの祭り(ペサハ)

レビ23:5:「第一月の十四日には、夕暮れに過越のいけにえを【主】にささげる。」

 第一の月というのはニサンの月、太陽暦の3月~4月で、イスラエル人たちがエジプトでの奴隷状態から解放される時に過越しのための子羊がささげられ、それによって彼らがエジプトから出ることが出来たという出来事を覚えて、毎年3月~4月の頃に行なわれる。因みに、今年は3月27日である。「過越し」とはもう知っているように、屠られた子羊の血がかもいに塗られたイスラエル人の家は過ぎ越され、そうではないエジプト人の家の初子が、人の子も家畜の子も殺され、その災いの結果としてイスラエル人たちがエジプトを出ることが出来たという歴史上の出来事のことです。そのことを記念して彼らは過越しの祭りを行なう。その前後のことについては、詳しくは出エジプト12:1~14にある。そして、これは今日の私たちにとっては、屠られた子羊としてのイエス様の十字架の贖いによる私たちの罪の赦し、罪からの解放、救いを意味する。

②五旬節の祭り(シャブオット)

レビ23:15~16:「あなたがたは、安息日の翌日から、すなわち奉献物の束を持って来た日から、満七週間が終わるまでを数える。七回目の安息日の翌日まで五十日を数え、あなたがたは新しい穀物のささげ物を【主】にささげなければならない。」

 このように、この日は収穫際(この場合、時期から言って小麦の収穫のこと)の一つとして祝う日であるが、その意味するところは、イスラエル人にとってはエジプトを出てから50日目にシナイ山の麓で与えられた律法授与を祝うことであり、私たちにとっては、「安息日の翌日から」という言葉があるように、7つある祭りの3番目の祭りである大麦の収穫の初穂で祝う「初穂の祭り」から数えて50日目の聖霊降臨と、それによって起こった教会の誕生を祝うこと。つまり、ペンテコステの出来事を祝うことである。今年はそれは5月23日になるが、また因みに、この「安息日」の「初穂の祭り」とは、私たちにとってはイエス・キリストの復活を覚えることです。(Ⅰコリント15:20)そして、三大祭りの最後が、今日読んでいる「仮庵の祭り」です。

③仮庵の祭り(スコット)

 この仮庵の祭りのことを、Ⅴ13にあるように、彼らはエズラの所に集まって律法の言葉を良く調べたら、Ⅴ14:「こうして彼らは、【主】がモーセを通して命じた律法に、イスラエル人は第七の月の祭りの間、仮庵の中に住まなければならない、と書かれているのを見つけ出した。」とあるように、彼らは「仮庵の中に住む」ということを通して祝わなければならないことを発見したのです。そのやり方はⅤ15にあるが、彼らが発見したモーセの律法によるならば次のように記してあった。

レビ23:33~44:「ついで【主】はモーセに告げて仰せられた。『イスラエル人に告げて言え。この第七月の十五日には、七日間にわたる【主】の仮庵の祭りが始まる。最初の日は聖なる会合であって、あなたがたは、労働の仕事はいっさいしてはならない。七日間、あなたがたは火によるささげ物を【主】にささげなければならない。八日目も、あなたがたは聖なる会合を開かなければならない。あなたがたは火によるささげ物を【主】にささげる。これはきよめの集会で、労働の仕事はいっさいしてはならない。以上が【主】の例祭である。あなたがたは聖なる会合を召集して、火によるささげ物、すなわち、全焼のいけにえ、穀物のささげ物、和解のいけにえ、注ぎのささげ物を、それぞれ定められた日に、【主】にささげなければならない。このほか、【主】の安息日、また、あなたがたが【主】にささげる献上物、あらゆる誓願のささげ物、進んでささげるあらゆるささげ物がある。特に、あなたがたがその土地の収穫をし終わった第七月の十五日には、七日間にわたる【主】の祭りを祝わなければならない。最初の日は全き休みの日であり、八日目も全き休みの日である。最初の日に、あなたがたは自分たちのために、美しい木の実、なつめやしの葉と茂り合った木の大枝、また川縁の柳を取り、七日間、あなたがたの神、【主】の前で喜ぶ。年に七日間、【主】の祭りとしてこれを祝う。これはあなたがたが代々守るべき永遠のおきてとして、第七月にこれを祝わなければならない。あなたがたは七日間、仮庵に住まなければならない。イスラエルで生まれた者はみな、仮庵に住まなければならない。これは、わたしが、エジプトの国からイスラエル人を連れ出したとき、彼らを仮庵に住まわせたことを、あなたがたの後の世代が知るためである。わたしはあなたがたの神、【主】である。』こうしてモーセはイスラエル人に【主】の例祭について告げた。」

 この祭りの目的は、エジプトを出たイスラエル人が、荒野で「仮庵」、簡単に造られた仮の家という意味での天幕生活を送ったことを「後の世代が知るためである。」(Ⅴ43)とあるように、決してそのことを忘れてはならないことを覚えるための祭りです。しかしそれは、荒野での生活の苦労を忘れてはならないという、彼らの体験した「苦労を忘れるな」ではなく、「最初の日に、あなたがたは自分たちのために、美しい木の実、なつめやしの葉と茂り合った木の大枝、また川縁の柳を取り、七日間、あなたがたの神、【主】の前で喜ぶ。」(レビ23:40:)とあるように、荒野での40年の間、神様が彼らを決して忘れることなく、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって彼らを導き、また、毎朝マナを降らせ、夜はうずらの肉で彼らを養い、喉が渇けば岩を打って水を出し、そのようにして彼らを守り祝福した神を忘れることが無いように、そして、忘れないだけではなく、その神の守りと祝福を覚えて喜ぶということが、その祭りの目的であった。

 その守りと祝福を、「美しい木の実、なつめやしの葉と茂り合った木の大枝、また川縁の柳を取り」という、荒野の中にこのような自然の恵みがあるのが不思議なくらいであるが、そのような不思議な神の守り、驚くばかりの恵みに満ちた神の祝福を、仮庵を造り、そこに7日間住み、その恵みを覚えて、喜び感謝するというのが仮庵の祭りの意味であった。そして、この仮庵の祭りは、7つある祭りの一番最後の祭りであって、イエス・キリストとの関連においては、過越しの祭りがイエス様の十字架、五旬節が聖霊降臨を表すとすれば、この仮庵の祭りは、終末のイエス様の再臨後の千年王国を表す。つまり、新天新地の前の救いの完成に限りなく近い状態の祝福を表すのです。だから、喜べということなのです。その千年王国に関する預言の個所を見てみよう。

ゼカリヤ14:9~11、16~19:「【主】は地のすべての王となられる。その日には、【主】はただひとり、御名もただ一つとなる。全土はゲバからエルサレムの南リモンまで、アラバのように変わる。エルサレムは高められ、もとの所にあって、ベニヤミンの門から第一の門まで、隅の門まで、またハナヌエルのやぐらから王の酒ぶねのところまで、そのまま残る。そこには人々が住み、もはや絶滅されることはなく、エルサレムは安らかに住む。」そして、「エルサレムに攻めて来たすべての民のうち、生き残った者はみな、毎年、万軍の【主】である王を礼拝し、仮庵の祭りを祝うために上って来る。地上の諸氏族のうち、万軍の【主】である王を礼拝しにエルサレムへ上って来ない氏族の上には、雨が降らない。もし、エジプトの氏族が上って来ないなら、雨は彼らの上に降らず、仮庵の祭りを祝いに上って来ない諸国の民を【主】が打つその災害が彼らに下る。これが、エジプトへの刑罰となり、仮庵の祭りを祝いに上って来ないすべての国々への刑罰となる。」

 このように、仮庵の祭りは、終末の時代の千年王国における神礼拝のハイライトです。神様はこのように、最終的にイエス・キリストの贖い(過越しの祭り)から始まり、五旬節の祭り(聖霊降臨による教会の誕生と救霊の働き)、そして、最終的に教会の働きを通して全世界に福音が宣べ伝えられ千年王国が確立し、そして終わりが来る。救いが完成し、御国=新天新地が来るという神様の救いの計画の最後のハイライトなのである。

【結論】

 仮庵の祭りは、過越しの祭りを経験し、五旬節の祭りを祝う、この時のイスラエル人にとっても、そして私たちにとっても、神の恵みと祝福を覚える大きな喜びの祭りです。イエス様はその仮庵の祭りを祝う終わりの日、一週間続く終わりの日の次のように言われた。

ヨハネ7:37~38:「さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

 これが、今、聖霊の恵みを受け、御霊に満たされ、そして、やがて仮庵の祭りである千年王国に入ることの出来る私たちの恵みです。また、そのことは黙示録にも預言されている。

黙示22:13~17:「『わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。』自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようになる者は、幸いである。犬ども、魔術を行う者、不品行の者、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行う者はみな、外に出される。『わたし、イエスは御使いを遣わして、諸教会について、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしはダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。』御霊も花嫁も言う。『来てください。』これを聞く者は、『来てください。』と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。」

 終わりの時代の今日、神様の御計画である救いの完成が為されると、このように私たちは神様の祝福を余すところなく味わい受けることが出来るのです。ハレルヤ!だから、その恵みを喜び、感謝し、賛美しよう。

―祈り―

これまでのメッセージ

© 2015-2021 by Sunrise Christian Center Misato Yoshikawa Church

大きな幻を持ち、小さいことにも忠実に、・・・主の愛に生きる教会

 Big enough to vision and small enough to care, ...living in the love of our Lord.

  • Twitter Social Icon
  • c-facebook
This site was designed with the
.com
website builder. Create your website today.
Start Now