2021年 5月16日(日) 主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

創世記12:1~3

​【タイトル】

「主はあなたを祝福する神」

【序論】

 先週の日曜から月曜にかけては、イスラエルでは「エルサレム・ディ」としてのお祝いをした。その目的は、1948年5月14日の独立宣言で得たエルサレムを、その翌日に始まった第一次中東戦争により、東半分を失うことになったが、1967年6月の「六日戦争」(第3次中東戦争)によって、失っていた東半分を取り返し、エルサレムを統合することが出来、それを記念して祝うためである。しかしそんな中で、先週はガザ地区よりイスラエル国内に1500発を越えるロケット弾が撃ち込まれ、100人を超える死傷者が出た。しかし、一般には報復されたパレスチナ側の被害の報道が多く、いつもイスラエルが悪者にされる。それは、背後にイスラエルという国を妬み、この地上から無くしてしまおうとするサタンの力が働いているからである。

※しかし状況はどうであっても、イスラエルは、永遠にアブラハムの子孫として、神に選ばれ、神に愛されている神の民です。神の祝福を受けている民なのです。

引用例話:ある時、イエス様はいつものように安息日に会堂に入って教えておられた。するとそこに、18年もの間病の霊に憑かれ、腰が曲がったままになっていた女が入って来た。イエス様はその女を見られ、近くに呼び寄せて「あなたの病気は癒された。」と言って手を置かれた。すると、その女性の腰は伸び、癒されて、神を崇めたという。その記事がルカ13:10~17にあるが、その時、イエス様はこう言った。ルカ13:15~16:「『偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか。この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか。』」と。人間が牛やロバと比べて大切だというだけでなく、この女を指さして、「アブラハムの娘なのです。」と言って、アブラハムの子孫であることがいかに特別なものであるかを教えられた。また、ザアカイの時もそうだった。イエス様はザアカイが回心した後、ルカ19:9:「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。」と言って、アブラハムの子孫であることに特別な祝福があることを示された。

 今日は、このアブラハムの子孫としての祝福についてメッセージを取り次ぐ。そして、その祝福はそれは取りもなおさず、私たち一人ひとりへの神様からの祝福でもあるのです。

ガラテヤ3:6~7:「アブラハムは神を信じ、それが彼の義とみなされました。それと同じことです。ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。」

今日はそのことを、聖書から分かち合って行きたい。

【本論】

今日の聖句である創世記12:1~3のこのみことばは「アブラハム契約」として重要なみことばである。ここに、私たちの神様から受ける祝福に関する重要なことが記されている。

(1)神様は私たちを、「祝福を受ける者」として下さった

Ⅴ1~2a:「【主】はアブラムに仰せられた。『あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。』」

 アブラハムはこの時点ではまだアブラムという名前の人物だったが、Ⅴ2:「大いなる国民とし」、Ⅴ3:「大いなる者としよう。」と、神様からの約束が語られているように、この後、彼はその言葉の通り大いなる国民となり、また大いなる者となった。彼からイサク、ヤコブが生まれ、ヤコブがイスラエルとなり、イスラエル12部族のうちのユダ部族から救い主イエス・キリストが生まれ、そのイエス・キリストによって、今日のように私たちも含めて、数えきれない多くの神の民が生まれているからである。またそれは、彼が神を信じて義とされた後に、神と結ばれた創世記17:4~8の契約の言葉にも示されている。

創世記17:4~8:「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラムと呼んではならない。あなたの名はアブラハムとなる。わたしが、あなたを多くの国民の父とするからである。わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。あなたから、王たちが出て来よう。わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫との間に、代々にわたる永遠の契約として立てる。わたしがあなたの神、あなたの後の子孫の神となるためである。わたしは、あなたが滞在している地、すなわちカナンの全土を、あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。わたしは、彼らの神となる。」

 Ⅴ8の「あなたとあなたの後のあなたの子孫に永遠の所有として与える。」と記されている「あなたの子孫」については、パウロはガラテヤ3:16で引用し、それはイエス・キリストであると言い、クリスチャンはアブラハムとアブラハムの子孫と同様、アブラハムの子孫として神から祝福を受けているのだと言っている。

ガラテヤ3:16:「ところで、約束は、アブラハムとそのひとりの子孫に告げられました。神は『子孫たちに』と言って、多数をさすことはせず、ひとりをさして、『あなたの子孫に』と言っておられます。その方はキリストです。」

 そしてこの預言が実現し、その契約によって受けている祝福が、信仰による義であり、それにともなう祝福なのです。

ガラテヤ3:6~9:「アブラハムは神を信じ、それが彼の義とみなされました。それと同じことです。ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、『あなたによってすべての国民が祝福される。』と前もって福音を告げたのです。そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。」

※祝福とは、神様が私たちの幸いのために与えて下さるすべての良いものを言う。それは、私たちの霊、魂、体、環境のすべてに亘るものです。健康、繁栄、長寿、富、戦いにおける勝利など、そして、時にはヨブ記に見られるように、人の目には祝福とは思えないような苦難、懲らしめ、試練なども、大きな枠組みでは祝福に数えられる。(詩篇119:71:「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」)

※神は私たち神を信じる者を、このように「祝福を受ける者」として下さったのです。

 次に神様は、私たちをただ「祝福を受ける者」とされただけではなく、「祝福を与える者、祝福の基(もとい)」とでもして下さった。

(2)神様は私たちを、「祝福を与える者」として下さった

Ⅴ2後半から見てみよう。

Ⅴ2b~Ⅴ3:「あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」

※この個所から、私たちが信仰によって神様から受ける、そして与える祝福というものがどういうものであるかが分かる。それは、私たちが大いなる国民となること。創世記17:4~8の契約の中で言うように、子孫が増え広がることです。

創世記17:6:「わたしは、あなたの子孫をおびただしくふやし、あなたを幾つかの国民とする。」

 事実アブラハムが神を信じて義とされた時、彼は、数えきれない空の星を見て、自分の子孫もこのようになると信じて、義とされたのです。

創世記15:6~7:「そして、彼を外に連れ出して仰せられた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えることができるなら、それを数えなさい。」さらに仰せられた。「あなたの子孫はこのようになる。」彼は【主】を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」

 そして、そのことをヘブル書の記者はこう記している。

ヘブル11:811~12:「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。信仰によって、サラも、すでにその年を過ぎた身であるのに、子を宿す力を与えられました。彼女は約束してくださった方を真実な方と考えたからです。」、「そこで、ひとりの、しかも死んだも同様のアブラハムから、天の星のように、また海べの数えきれない砂のように数多い子孫が生まれたのです。」

 これが、神を信じるアブラハムの子孫としての私たちに、神が与えて下さる祝福です。私たちも子孫が、家族がこのように救われること、神を信じるようになることを望んでいる。そして、その鍵は信仰です。アブラハムが信じたように私たちが信じるならば、私たちの子孫、家族は、数えきれない神の民となるのです。

使徒16:31:「ふたりは、『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。』と言った。」

【結論】

 救いというのは、信仰の結果結ばれる実です。実は、実自身で頑張って結ばれようとして結ばれるものではない。ぶどうの木と枝、そしてその実のように、木であるイエス様に、神様にしっかりとつながっている時に、実は結ばれるのです。神はそのように私たちを、「祝福を受ける者」、「祝福を与える者」にして下さったのです。だから鍵は、信仰です。私たちの信仰から、神様が約束して下さった祝福が実現するのです。実を結ぶのです。

※アブラハムが数えきれない子孫の繁栄、祝福を見たように、私たちも神が与えて下さる祝福を見よう!

―祈り―


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