2021年2月7日(日) 主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

使徒の働き3:1~21

【タイトル】

「神は万物を新しくする。あなたを新しくする」

【本論】

 今年私たちは、「見よ。わたしは、すべてのことを新しくする。」

(黙示20:5)というみことばから、「神がすべてのことを新しくされる。」ということに目を留め、この年を始めた。この「すべてのこと」とは何か?―神様は「何を新しくする」と言われているのか?―それは昨年から語られている「時が来ると、この天と地は滅びるが、その後に新しい天と新しい地がやって来るという天と地のことだが、ここで見落としてはならないことは、その天と地の中に私たちが含まれているということです。神はこの天と地と共に私たちも新しくしようとされているのです。

 聖書は創世記から始まり黙示録で終わるが、その創世記の中で、この天と地、万物の創造が記され、そして一番最後に人間の創造が記された。しかし聖書が記しているように、神が最後に造られたアダムは7日目、神がすべての創造のわざを終えて休まれた聖なる安息の日に、神が禁じられた善悪の知識の木から実をとって食べ罪を犯してしまった。その結果、万物が罪の呪いの下に置かれ、神との関係=安息=シャローム=平安を失い、その神との関係である永遠のいのちをも失ってしまった。私たちは聖書から「永遠のいのち」という言葉を聞くが、永遠のいのちというのは、いつまでも生きると言うことではなく、それは結果であり、本質は神との関係です。私たちは神との関係を持っているから永遠のいのちを持っているのであり、神との関係を失えば永遠のいのちをも失うのです。そのようにして、私たちはアダムの罪の結果、安息を失い、神との関係、永遠のいのちも失った。それは、ローマ5:12に記されていることでもある。

ローマ5:12:「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、──それというのも全人類が罪を犯したからです。」

 しかし、神はアダムを、また私たちを愛しておられるので、御子を遣わして私たちを贖って下さった。それが十字架と復活による私たちの救いです。しかし、それが神の最終的なゴールではない。神は私たちと共に、失われた万物との関係を回復されようとしているのです。「すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。」)(Ⅱコリント5:19)とあるように、それは、「神との和解」でもある。神はそれを実現しようとされている。それが次のように、今日の聖書箇所の最後に語られていることでもある。

使徒3:20~21:「それは、主の御前から回復の時が来て、あなたがたのためにメシヤと定められたイエスを、主が遣わしてくださるためなのです。このイエスは、神が昔から、聖なる預言者たちの口を通してたびたび語られた、あの万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。」

 ここで明らかなように、その回復はキリストの再臨によってもたらされる。その時が来れば、キリストは来られてすべてを新しくされます。その時のことを、ここでは「主の御前からの回復の時」、「万物の改まる時」と言っている。これは、すべてが新しくされる時のことです。新改訳の「万物の改まる時」また、「主の御前からの回復の時」が、それぞれ口語訳とリビング・バイブルで次のようになっている通りです。

(口語訳)Ⅴ21:「このイエスは、神が聖なる預言者たちの口をとおして、昔から預言しておられた万物更新の時まで、天にとどめておかれねばならなかった。」

(リビング・バイブル)Ⅴ20:「そして、すべてを新しくする恵みの時に、メシヤであるイエス様を、もう一度遣わしてくださるのです。」

※ここに神様の救いのゴールがある。そして、そのゴールは「私たちが新しくされること」です。

 では、その私たちが新しくされるということはどういうことか?―それは、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5:17)というみことばにあるように、「キリストのうちにある」ことであり、キリストを信じて救いに預かることです。では、その救いに預かるには、私たちはどうしなければならないのか?―それが、今日の聖書箇所で、次のように明確に語られている。

Ⅴ19:「そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」

※悔い改めて、神に立ち返ること!―それが、イエス・キリストによる救いに預かることです。

 何故聖書はここでこのことを言うのかというと、今日の箇所を読んで分かったように、ペテロとヨハネによって行われた奇跡のみわざが、恰も彼らの力や信仰深さによって行われたかのように人々が見た(Ⅴ12)ように、人は、救い、癒し、解放というような神のみわざ、奇跡を人の力、人の知恵、人の持っている何ものかによるかのように見てしまい易いが、そうではなく、それはイエス・キリストの御名、つまり、神御自身によって行られるものなのだということを分からせ、人がそれらの奇跡や神のみわざに対して持ちやすい、誤解、偏見、間違った見方、思い込みと言ったような、神に対する的外れ(ハマルティア=罪)の見方や信仰、つまり罪を捨てさせ、正しい見方、正しい信仰による真の救いを得ることが出来るようにと教えているからです。だから、ペテロは、そのような見方や考え方は罪だと言い、「そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。」(Ⅴ19)と言ったのです。

 この時、この男に与えられた「完全なからだ」というのは、ギリシャ語で、「ホロクレーリア」という言葉が使われていて、聖書中ここだけに使われている特別な言葉で、その意味は、文字通り「完全」ということで、イエス様の御名による救い、癒し、解放の結果、得ることができる「全く完全なからだ」のことです。それはまた、イエス様の再臨による「万物の更新、完全に新しくされる」という「完全さ」につながるものです。

※今この終わりの時代、イエス様の再臨を迎え、神様の救いのゴールが実現して万物が新しくされようとしているこの時、私たちに必要なのは、この「悔い改め」と、「神に立ち返る」ことです。 それによって私たち自身も完全になり、そして、万物の更新も実現するのです。

※神は今、それを為そうとしておられます。「見よ。今、わたしはすべてのものを新しくする。あなたをも新しくする。」と語っておられます。

【結論】

Ⅱ歴代誌7:14:「わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。」

 今日、コロナウィルスによる混乱とか、それに伴うさまざまな混乱がある。政治、経済、社会、職場、学校、家庭、あらゆるところに混乱と歪が起きている。それらは皆、アダムとして生まれた私たちの罪の結果です。しかし、Ⅱ歴代誌7:14にあるように、私たちが自ら遜り、神を第一にして慕い求め、悔い改めて、私たちの悪い道から神に立ち返るならば、神は私たちの罪を赦して完全なからだにし、この地を癒して、万物を新しくし、完全にしてくださるのです。

※あなたはどうだろうか?―今のままで良いだろうか?―今イエス様を迎える用意は出来ていますか?―おのおの悔い改めて、神に立ち返り、神が為そうとされる新しいからだ、完全なからだへと変えていただく準備をしよう。

―祈り―


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