2021年6月6日(日) 主日礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

マタイ26:26~30:     ※今週はビデオの作成が出来ませんでした。

                  ご了承ください。

【タイトル】

「父の御国の祝宴で飲む新しいぶどう酒」


【前置】

 今日はまた、今年の年間テーマである「主は私たちのすべてを新しくされる」というテーマに関連して、みことばを取り次ぐ。聖書箇所は、イエス様が弟子たちと最後の晩餐をされたマタイ26:26~30の個所である。


【序論】

 今読んだこの個所に、イエス様が弟子たちと最後の晩餐をなされた様子が記されている。この様子は、これから聖書を開いて確認して行くが、この最後の晩餐というのは、やがてイエス様がこの地上に再臨され、私たちが新天新地、父の御国に迎え入れられた時に行なわれるイエス様との祝宴を表しているものである。イエス様が花婿で、私たちがその花嫁だからである。(Ⅱコリント11:2、エペソ5:24~32)そして、この最後の晩餐は、その祝宴の品型、象徴である。


 では、聖書はどのようにそのことについて言っているのかを見てみよう。


マタイ25:10:「そこで、買いに行くと、その間に花婿が来た。用意のできていた娘たちは、彼といっしょに婚礼の祝宴に行き、戸がしめられた。」


 この婚礼の祝宴は、天の御国を示す譬えの中で語られていることで、ユダヤ人であれば誰もが知っているユダヤの婚礼の慣習に倣って語られている。その慣習とは、花婿は花嫁を迎える用意が出来ると、友人を引き連れ、夕刻、花嫁の家に早嫁を迎えに行く。花婿の友人たちは、「花婿が来たぞ~!」と大声で呼び掛ける。(これはイエス様の再臨の時の、御使いによる号令に当たるか?―マタイ24:31)そうすると、花嫁の家の方では、花嫁の友達(ここでは娘たち)が灯を持って花婿を迎えに行く。そして花嫁の家で簡単に祝いをし、花婿の家に移って本格的な祝宴の席を開く。しかし、この譬えの中の婚礼の祝宴とは、花婿の到着が夜中になったために、花婿の家で開かれた祝宴だったかもしれない。いずれにしても、この祝宴が、父の御国におけるイエス様との婚礼の祝宴なのである。


 そして、新天新地のことが語られている黙示録にも、その祝宴のことが記されている。


黙示19:7:「私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。」


 このようにイエス様が再臨されると、私たちは天の御国に迎えられ、そしてその御国で開かれる祝宴で、イエス様と共に食事をする。その迎えられる順番は、先ず死者から、そして、その時生きている者は、その後からということであった。(Ⅰテサロニケ4:16~17:この空中再臨のタイミングについては、以前は私は「患難期前」と私は教えていたが、これはもしかすると「患難期後」かもしれないという考えになっている。何故なら、①Ⅴ1